新型コロナウイルスの感染拡大により、公共交通機関の利用は世界中で大幅に減少した。東京も例外ではない。発生から数ヵ月にわたり、東京の公共交通機関の乗車率は大幅に落ち込んだ。鉄道事業者は対策として三密回避用の新しいデジタル技術を導入、車両に改良型換気システムを搭載するなど、地下鉄駅と街の親和性向上に向けた構想に着手した。こうした変革に、東京やその周辺、他国、世界各都市の公共交通機関の今後の在り方を垣間見ることができる。
以下は2021年4月に実施した東京メトロ山村明義社長のインタビューから一部を抜粋したものである。
地下鉄をはじめ各種公共交通機関にとって、アフターコロナにおける最大の課題は何ですか
地下鉄も他の公共交通機関も事業であるとともに、多数の人が集まる場だが、パンデミックによって「人の多い場所は避けるべき」という考えが植え付けられた。日本で言えば、満員電車に毎朝・毎夕乗るという体験がなくなり、毎日は通勤しないという習慣が定着しつつある。
その結果、人々は外出する時間や行先を主体的に選べるようになり、輸送による収益は激減すると考えられる。実際、当社も15%程度の売上減は覚悟している。しかし長期的に考えれば、これは人口減少の影響が当初予測より10年早くやって来たに過ぎない。 というのは、一人当たりの乗車回数はコロナ禍以前からじりじりと減少していて、当社としても既に手を打ってはいたが、パンデミックがこの行動変容に拍車を掛けた恰好となったからだ。
乗車率の低下に関して、利用客の信頼回復に向けてどのような対策を講じ、また利用客の対応はどうでしたか
2020年3月から、列車の窓開けを開始した。また抗ウイルス対策を駅では11月まで、列車内では夏までに講じた。お客様からはそうした対策で安心感が増したという声が聞かれ、安全な環境作りこそ当社の一番の責務と考えている。
最近では乗車率が最大120%に達する時間帯もあるが、これまでクラスターは発生しておらず、感染リスクが低い環境を実現できていると思う。 また混雑状況の可視化にも取り組んでおり、スマートフォンでルート検索サービスを提供することで、お客様の行動支援も行っている。
顧客のニーズの変化に合わせてどのようにアプローチを修正していますか
顧客行動の変化は、明確な形で数値に表れている。首都圏の企業の社員はかなりの割合で在宅勤務をしており、定期券の利用率は30%減少した。例えば、大手町駅の乗降客数は46%減少している。さらに、乗車がラッシュの前後に分散する傾向も見られる。
通勤客の利用減は不可避であるから、通勤以外で、空いている時間に地下鉄を使っていただけるよう、取り組んでいる。これまでは通勤型の鉄道需要に支えられてきたが、今後は都心を楽しむためのサービスを提供していきたい。いわゆる「都市型観光」と呼ばれるものだ。 例えば、東京にも自然に囲まれた魅力的な空間はたくさんあるし、思い出に残る様々な体験をすることができる。これはある意味で「サービスとしてのモビリティ」だと考えている。
オペレーション面で言えば、東京は世界屈指のスマート都市です。公共交通機関における現在のデジタルリーダーシップはどのような状況にありますか
日本の鉄道はこれまで、いかなる時でも最高のサービスを提供することにこだわりすぎていた感がある。この発想を変えていかないと、デジタル技術を有効に活用することはできないだろう。
もっとも、行き届いたサービスとデジタルテクノロジーとを活かす方法があるとすれば、鉄道の過去のトラフィックデータを利用することだ。当社はかなり前からこれに取り組み、今では、どの列車がどの位置にいるかリアルタイムで把握し、どの時間にどの列車がどのくらい遅れるかということを予測して、運行を最適化することができる。
また、列車にセンサーを設置して運行状況を評価し、IoTを通じて状況を送信し、データを分析して故障を予測するなど、状況を踏まえた管理・保守戦略にも着手した。例えば丸の内線では、ブレーキと空気圧の数値を常に保守作業員に送信している。
最新のイノベーションとしては、いわゆる列車混雑計測システムを開発した。これはカメラとAIを利用して混雑している車両を特定し、その車両を避けるルートを作る。このようなシステムは日本初で、今年4月に駅に設置された。人間の目と異なり、通過中の列車でも乗客数を正確に把握できる。
最終的には、鉄道業界のデジタルリーダーとして、今後もこうした施策に積極的に取り組むつもりだ。大量の反復作業はデジタルやAIに任せ、人間は意思決定やクリエイティブな仕事に専念する方向に変えていきたいと思う。
ライドシェアサービスや自動運転車の登場に伴う競争に、公共交通機関としてはどのように対応しますか
公共交通機関とライドシェアサービスは競合関係にあると見られがちだが、両者が手を携えてこそ東京メトロにプラスの変化をもたらすことができると考えている。タクシーにシェアサイクルにバス、どれもモビリティ固有の特徴や長所があるので、それらを組み合わせてトリップが完成するのが望ましい。
例えば、通勤は徒歩でもいい、1駅でなく2駅歩くとか、自転車もOK、などとパーソナライズできることが大切だと考えている。自由に外出できるようになったとき、これらのオプションを有効利用できれば、人々の暮らしは以前より豊かになるのではないか。それは、とてもよいことだと思う。
平日だけでなく、週末や休暇中にもレジャーや息抜きのためにシェアモビリティを活用できれば、地下鉄の利用回数の全般的な減少によるマイナス影響があったとしても相殺されるはずだ。やがては売上にもプラスの影響が出るだろう。
10年後の東京メトロはどう変わっていると思われますか
自身としては、コロナ禍は社会をよい方向に変えていく機会になるのではないかと思う。様々なサービスが見直され、行先や出かける時間も自分で自由に決められる。これまでには考えられなかったことだ。この意味では、アフターコロナの時代は人々や社会の幸福度が高まっていくのではないか。ただ、それだけでは運輸業界は廃れるかもしれず、手をこまねいているわけにはいかない。鉄道会社は、利用客が移動時間や行先をもっと自由に選べるような交通を実現していく必要がある。
また、地下鉄の駅と街の調和も考えなくてはならない。例えば、一番新しい駅である虎ノ門ヒルズ駅は、駅と街の融合の事例だ。日本橋駅も同様だ。
東京メトロは、魅力的な立地に魅力的な駅を作る会社でありたい。そうすることで、例えば駅から会社への接続をよくするなど、様々なニーズに応えることができる。街と調和する駅というビジョンのもとに、緑の空間を創ったり、無機質でなく温かみを感じるオフィスを開発したり、近隣にもエンタメ、スーパーマーケット、その他の共有スペースを提供していく。
総じて言えば、人々がくつろいで好きなことをして過ごすことによって、都心の移動はもっとポジティブな体験になる。これを達成するには、政府と都市部の不動産デベロッパーの綿密な連携が重要になるだろう。