全ての子どもが安心して
成長できる社会を目指して

本対談では、日本財団公益事業部子ども事業本部の高橋恵里子本部長と、マッキンゼーで本活動に携わっているデザインを専門とするコンサルタントの越智円香、実行支援を専門とするコンサルタントの塩川徳也が、活動を通した気づきや思いについて語り合いました。

高橋恵里子:日本財団公益事業部子ども事業本部長。1997年より日本財団で海外の障害者支援や国内助成事業に携わる。2013年、日本財団「ハッピーゆりかごプロジェクト」を立ち上げ。実親と生活することが難しい子どももあたたかい家庭で暮らすことのできる社会を目指す、特別養子縁組や里親の制度を啓発するべく活動。

越智円香:日本におけるマッキンゼー・デザイン共同リード。人間中心設計を通じた、デジタルおよび物理的製品のデザインを専門とし、民間セクターと公共セクターの双方において、幅広くコンサルティングを提供。前職では、アマゾンやデザインスタジオでのUXデザイン(体験設計)や、スタートアップや大手多国籍企業等に対するデザインコンサルティングを経験。

塩川徳也:コンサルタント。金融、小売、精密機器製造、インフラなどのクライアントに対する戦略策定、業務効率化・調達・営業変革の実行支援、能力構築に携わる。前職では、総務省で地方創生を担当。

■生みの親と離れて暮らす子どもたちに家庭養育を提供するため里親の拡大が必要

日本財団では、里親養育の推進に取り組んでいますが、里親制度とはどのようなもので、いかなる活動を行っているのでしょうか

高橋:里親制度は、親の病気や虐待、不適切な養育など様々な理由で生みの親と離れて暮らす子どもを家庭に預かり、「里親」として養育する制度です。子どもが特定の大人から愛情を受けて安心して育つために、里親や養子縁組などの家庭養育の推進が重要であると考えており、児童の代替的養護に関する国連指針においてもその必要性が説かれています。現状、欧米の多くの国では社会的養護が必要な子どもの5割から9割が家庭で育っている一方、日本では家庭養育を受ける子どもの割合が3割以下に留まっています。養護施設も必要な場所ではありますが、里親を通じた家庭養育の普及が重要であると考えています。

この考えの下、日本財団では、「子どもたちに家庭をプロジェクト」と称して、イベントやメディアを通した里親や養子縁組制度の普及・啓発活動、報告書の作成を通した調査・研究活動、全国の団体による関連事業への助成を行っています。

越智:特に日本では児童虐待が深刻化し、児童相談所での虐待相談対応件数は全国で1日に500件以上、児童の虐待死は週に1名という状況です。実親家庭での養育が難しい子どもの安全や健やかな成長のためにも里親の重要性がより増していると言えます。

里親制度においてはどのような課題があるのでしょうか

高橋:日本における課題としては、戦後、施設養育から家庭養育への移行が進んでいないことが挙げられます。国連の指針でも幼い子ども、特に3歳未満は家庭で養育するべきとされており、欧州でも、昔は孤児院が多く存在していた一方、1960-70年代から、子どもの発育や愛着形成の関係から、特定の大人による養育の重要性が説かれ、家庭養育に大きくシフトしていきました。日本では3歳未満の子どもの7割以上が乳児院などの施設で養育されていますが、まずは赤ちゃんから里親や養子縁組につなげることが重要です。

また、国内では、制度の認知の向上が必要であると考えています。数ヶ月の短期の受入ニーズもあるということや、月に約15万円が支給されることなどは、社会にまだあまり知られていません。

一方、里親家庭への支援を社会全体としてよりよいものにしていくことも必要です。トラウマを抱える子どもも多いため、里親や里子さんが困ったときにいつでも相談できる支援者が必要であり、学校などでの理解も進む必要があります。

■マッキンゼーが里親養育推進に関わり始めたことで、今までにない大きな変化が起きている

日本財団との協力の下、マッキンゼー日本オフィスでは、どのような活動を行っているのでしょうか

越智:日本財団との協働を始めたのは2022年に遡ります。まず、里親領域の現状理解を目的として潜在里親の実態調査を行いました。6,000人の潜在里親へのアンケートの結果、国内には潜在里親、つまり「里親に興味がある」・「いつかは里親になりたい」人が推計で100万人以上いることがわかりました。一方、現在の日本の里親登録者数は1万5千人に留まっており、その乖離の要因を明らかにする必要がありました。そこでユーザー目線に立つデザイン思考というアプローチを用いて、里親制度の認知から里親登録に至るまでの間にどのような困りごとを感じて脱落しているのか、そしてその困りごとを解消するために有効な施策について調査を行いました。

2023年にはモデル自治体と協働し、里親リクルート事業変革のために半年間の伴走支援を行いました。そこから見えてきた里親リクルート改善のための成功の要諦を研修プログラムとしてまとめ、三つの自治体において、パイロットとして研修プログラムの検証を行いました。その結果として、モデル自治体では里親説明会参加者数の増加や、既存事業の見直しによる労力・費用の削減等の成果が現れました。また、パイロットとして研修プログラムを実施した地域からは、研修内容を活用して施策の見直しを行い、実際に新規の里親登録につながっているという声も挙がっています。

2024年には、前年にまとめた里親リクルート改善のための成功の要諦を全国の自治体に展開、浸透するための自立した担い手として、NPO法人家庭養育支援機構の立ち上げを支援してきました。8月に登記が完了し、現在、家庭養育支援機構が主体となって研修プログラムの全国展開を進めており、既に多くの導入希望のお問い合わせがあると聞いています。

マッキンゼーが今回の活動に参画することは、どのようなところに意義があると感じますか

高橋:福祉業界では、課題の分析を行って施策につなげるという経験のない方も多く、今回マッキンゼーが、デザイン思考等の新たな考え方を持ち込み、里親をタイプ別に分けて、それぞれの里親体験を時系列に沿って深く分析したことから、非常に多くの示唆につながったのではないでしょうか。また、分析に留まらず、それに基づいた里親リクルートに関する研修の作成、そしてそれを各地の自治体やフォスタリング機関、里親支援センターに実際に展開することまで早いスピードで行っており、まさに福祉業界に新しい風が吹いていると思っています。

越智:普段マッキンゼーが民間企業の文脈において活用している、マーケティングや新規事業開発、実行支援、能力構築等の手法を、社会貢献事業の文脈においても活用しているところがこれまでとは異なるアプローチと考えています。

また、マッキンゼーには多様なバックグランドのメンバーがおり、今回そうしたメンバーの知見を結集させることで効果の実現につながっていると思います。これまで本活動に携わってきたメンバーには、新卒からマッキンゼーで課題解決のスキルを磨き込んできたコンサルタントに加え、前職で小児科医や厚生労働省職員として関連領域に従事していた者、アフリカにおいてNPOの戦略策定支援を行ってきた者まで、幅広い人材が含まれます。私自身、デザイナーのエキスパートとして、前職のアマゾンやマッキンゼーにおいて、製品やサービスの設計に携わってきました。そこで培った知見も用いて、今回のデザイン思考を用いたアプローチの構築を一から主導しました。

塩川:私の場合、デザイン思考を用いたリクルート手法を、どのように児童相談所や里親支援機関等での実行につなげるかという点において、前職の総務省での経験や、マッキンゼーで培った実行支援の知見を活用しています。このような多様なバックグラウンドを持つメンバーが協働して、喫緊の社会課題に関して真剣に議論し、行動を起こしていくことで、実際の社会の変化につながっていると考えています。また、日本財団を始め、早稲田大学やこども家庭庁、各自治体、里親支援機関を含む関係者の皆さんと連携して、課題の特定から分析、解決策の立案、その実行まで推進していくことで、メンバー個々人の成長にも大きくつながっています。

■今後は、NPOの組織構築・拡大や、企業との連携、関係者間のネットワーク強化にも取り組んでいきたい

今後の里親養育推進、そして目指す子どもの養育のかたちについて、今後の展望や想いを教えてください

高橋:里親制度の普及において、自治体によっては既に里親への委託がほぼ6割に達するなど、大きな成果を挙げているところもあり、そのような自治体の分析を行い、関係者間のネットワークも強化することで、成功事例の展開を行っていきたいと思います。また、里親が仕事と里親活動の両立をしやすくするためには、企業との連携も引き続き重要であると考えています。

今後も、里親養育を大きく推し進め、より多くの子どもが健やかに育つ未来を目指して、活動していきたいと思います。

越智:日本のより多くの子どもたちに里親養育を提供するためには、成功の要諦の全国展開を担うNPOの役割がますます重要になってきています。そうした観点から、私の考えとしては、今後はNPOの組織構築・拡大や、登録後の里親が活動しやすい環境整備も併せて取り組んでいきたいと考えています。これまでも里親当事者の方などへのインタビューを通した分析を行ってきていますが、制度設計を考えていく上でも当事者を巻き込んで参加型デザインの手法などを用いて貢献していきたいと思っています。マッキンゼーとしては一時的・局所的な課題解決でなく、長期的なインパクトにつながる貢献を行っていきたいと考えており、その仕組みづくりに引き続き貢献していきたいと考えています。

塩川:社内には、子どもたちを支える里親支援の活動に関わりたい同僚も多くいます。手触り感のある社会貢献活動の中で課題解決を行うことは、コンサルタントの成長にもつながると考えています。各自がこれまでの専門性や経験を活かしながら、引き続きご支援できればと思います。