CEOに求められる責務、私はこのように実践した—資生堂魚谷雅彦氏・ソニー平井一夫氏

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書籍『CEOエクセレンス:一流経営者の要件』を上梓したマッキンゼー・アンド・カンパニーは、卓越したリーダーシップ「CEOエクセレンス」に対する関心が高まる現代を「CEOの時代」と捉え、「CEO Excellence Forum 2023」を開催。数多くのCEOと意見交換を行った。

CEOに求められる6つの責務(「方向を定める」、「組織を整合させる」、「リーダーを動かす」、「取締役会を引き入れる」、「ステークホルダーと連携する」、「自身のパフォーマンスを最大化する」)をいかに実践するべきか?

日本を代表するCEOの魚谷雅彦氏と平井一夫氏にマッキンゼー日本代表の岩谷直幸が聞いた。

Question 1
最初の100日間で、会社の方針をどのように、いかなる時間軸で定めたか
魚谷雅彦
資生堂代表取締役 会長CEO

魚谷氏: グローバル化や事業拡大は分散化を伴い得る。私自身の信念は”Think global, Act local”。特に化粧品は典型的なB2C事業だ。文化も関係しており、ニーズが非常に多岐にわたることから、現地化は大事だ。

その一方で、1つのミッション、あるいはパーパス、ビジョンに皆を集約させる必要がある。それを念頭に、自分自身がこうだと思うものを込めた動画を制作し、世界中の社員一人一人と共有するためタウンホールミーティングで見てもらった。私自身も現地に赴き、延べ約8万人の社員と対話をし、理解してもらえるよう徹底的に取り組んだ。

タウンホールで質問を受けて感じたのは、化粧品は人を純粋に幸せにするプラスアルファの価値を持っているということ。ある時、”We are not in the business of selling cosmetics. We are in the business of making people happy” と語ったら、拍手が沸き起こった。最近は、シンプルで分かりやすい「笑顔(EGAO)」をいう言葉をいろいろな現場で使っている。

タウンホールなどでのやりとりを通じ、このビジネスの本質は何か、何のために資生堂という会社は存在するべきか、何のためにグローバルにリーチしていくのかということを私自身考えさせられ、動画というアウトプットを作り、それを皆に共有した。こうした学びのプロセスを通じて方向性を定めた。

Question 1
最初の100日間で、会社の方針をどのように、いかなる時間軸で定めたか
平井一夫
ソニーグループシニアアドバイザー

平井氏: ソニーはエンタテインメント、エレクトロニクス、金融を手掛け、またエンタテインメントも映画、音楽、ゲームといろいろやっている。『One Sonyと平井は言うが、全然違うことではないか』とどうしてもなってしまう。メディアや外部ステークホルダーにもそう見えているし、社員も『とは言ってもね』となってしまっている。

これだと一体感が生まれない。ばらばらになっているからパワーが出ない。ソニーがなぜこうしたビジネスをやっているのか、ポートフォリオとしてやっているのか、それがメリットとして出てきていなかった。

どのビジネスであっても『なるほどね』としっかりと理解できるキーワードは何だろうか。それがソニーのミッションになるし、今で言うパーパスになる、ということで散々議論した。

それで出てきたのが、ゲームだろうと、金融だろうと、エレクトロニクスだろうと「感動(KANDO)」を提供するのがソニーではないかと。

盛田昭夫、井深大両氏が創業し、『トランジスタラジオってこんな小さくできるのか』、『WOW、すごいね』というところから始まったのがソニーだ。「KANDO」とか「WOW」と言ってもらえることがすべての根源にある。そのために皆が頑張らねばということで、エレクトロニクスとエンタテインメントは結構、うまくはまった。

しかし、金融で「WOW」はあるのか。「KANDO」や「WOW」を届けることを表現したいとソニー生命に話したところ、『平井さん、何の問題もないですよ』と言われた。顧客と一緒に人生をプランニングするという、従来の保険の売り方と若干異なるやり方で商品を提供しており、『ソニーらしいやり方で感動です』と言ってもらえると聞いた。これは金融もはまるのか、ということで「KANDO」という言葉を一挙に使いだした。

もう一つ大事だったのが、ワールドワイドで同じ言葉を使うということ。社員もミッションをすべて覚えなくていいから、何しろ一つ覚えてくれ、「KANDO」。「KANDO、KANDO、KANDO」。アメリカにいたらCAN DO(の発音)でもいいから、何しろ覚えてくれということで。もう本当に何度も何度も、シンプルな言葉を耳たこになるくらいに。

その後は会議でも『この商品の感動ポイントは何か』とか、『この商品を出して、お客様に感動してもらえるのか』と日常の会話に落とし込んだ。マネジメントもさることながら、社員の間でも日々、アライメントをとってもらう。これで初めて、これだけ違うビジネスをやっている会社がだんだん一つの方向に動き出す。

これは一夜にはできず、私は6年間やった。次のCEOの吉田憲一郎氏も「KANDO」という言葉をソニーのパーパスに入れており、それを今の十時裕樹氏も継承している。もう十数年、「感動だ、感動だ、感動だ」と言っており、社内外でかなり浸透してきたのではないか。そうした意味で、アライメントがやっと取れだした。これは1日、2日、1年、2年でできることではない。コンスタントに、コンシスタントにメッセージを出すということが大事だと思う。

Question 2
定めた方向に向かってビジョンを実現するため、組織をどう変革したか
魚谷雅彦
資生堂代表取締役 会長CEO

魚谷氏: 本社があり、海外事業部があり、各地に駐在員を派遣するのが日本企業の典型だが、資生堂もそうだった。しかし、グローバル化を標榜し、現地の文化やニーズの一層の理解が必要である時、このモデルではだめだと思い、いわゆるマトリックス型の組織に転換した。反対もあったが、やってみなければ分からない、とすぐに導入した。

日本は資生堂のビジネスにおける地域の1つであり、ほかに中国、アジアパシフィック、トラベルリテール(TR)EMEA(欧州・中東・アフリカ)、米国がある。それぞれに地域本社とリージョンCEOを置いた。駐在員の大半に帰国してもらい、化粧品業界や周辺業界の優秀な人材をヘッドハントするなど現地採用を行った。思い切った転換だった。

二つの効果があらわれた。一つ目は、フランスや米国を拠点とする業界のグローバル企業の優秀な人材が、資生堂が本気でグローバル化に取り組む様子をみて、求人募集に応募するようになったことだ。地域本社は販売会社とは異なり、開発部門も工場も擁している。人事や法務もある。そうなると、今まで採れなかったようなトップクラスの人材を確保できるようになる。

二つ目は、これに対応するヘッドクォーター(本社)である東京の重要性の高まりだ。例えば人事。業務の対象範囲が日本から世界の全地域に拡大した。言語、相手の理解において大きな試練があったが、2016年の導入から約7年が経過し、ヘッドクォーターの機能はかなり上がってきたと思っている。

私にとって学びになったことがある。当時、大手企業の欧州ナンバー2だったパリ在勤の人物が、自ら応募してきた。資生堂という素晴らしい会社が最近、グローバル化を遂げ、魚谷に会いたいと。フランスで3、4時間話し、入社してもらい、結果的にEMEA地域のCEOになってもらった。

その彼が何かのときに”Thank you for your trust in me”と言った。グローバル企業では日々、恐怖心を持って仕事している人も多い。これができなければ”You are fired”となるかもしれないと。

私は「トラスト・アンド・エンパワーメント」をコンセプトにしており、世界の地域のトップに権限を与えている。ただし、「バッドニュース・ファースト」、これだけは絶対守れと。問題は常に起きる。起きた時に隠さずにすぐに相談する。そして、それに対してどう対処するのかということこそ、あなたの責務だと。こうしたことをやってきた。

Question 3
巨大組織を効率的・効果的・持続的に変革していくため、社内のリーダーをどう動かしたか
平井一夫
ソニーグループシニアアドバイザー

平井氏: 「感動だ、感動だ、感動だ」、「One Sony」 — 改革が必要なポイントはこうだよね、という自分なりの思いがある。

それについて、私に直接レポートするトップマネジメントといろいろ議論し、『この段階で平井が言っていることは根本的に違うと思うし、私はサポートできない、と思うのであれば、今すぐ手を挙げてください』と話した。『そうしたら、別の場所でちゃんとした仕事をお願いしますし、悪いようにはしません。ただ、このチャンスで何も言わず、後から平井があんなこと言っているが話にならない、というのだけはやめてほしい。その瞬間にこの組織は崩壊します』と。

幸いにして『違うと思う』と挙手した人はおらず、皆それぞれレベルが異なっていたが、基本的にサポーティブであり、大変助かった。こうした腹を割った議論をした。

巨大な組織であるため、これをいかに改革していくか。一人では当然できない。『同じ方向に向かって一緒に仕事をしましょう』と言ってくれたマネジメントに、いかにそれを託すことができるか、それを測定可能なメルクマールで測っていくか。

彼・彼女らに仕事をしてもらわないと、さすがに全部はマネージできない。本当に信頼できるトップマネジメントチームと同じ方向を向いていると分かった段階で、ここまでお願いしますと託す。あなた方には高い報酬を払っているのだから、ということでやってもらう。こうしたことが大事だったのではないかと思う。

Question 4
社長になって初めて相対する取締役会、その中でも特に社外取締役とどのように信頼関係を築いたか
平井一夫
ソニーグループシニアアドバイザー

平井氏: ソニーの取締役会は、私が社長をしている時は12人。社内取締役は私と当時の副社長兼CFOの吉田憲一郎氏の二人で、残りは全員、社外という構成だった。

先ほどお話しした役員の場合と同様、高い報酬と引き換えにパフォーマンスを出してほしかった。皆、様々な経験やバックグラウンド、いろいろな視点を持っているのだから。

そのためには、まずはソニーを理解してもらう必要がある。取締役就任時の人事などによる様々な説明に加え、年に1回は必ず、いずれかのサイトに全員を招集し、そこで取締役会を開催しつつ、現場を案内する。ハリウッドのソニー・ピクチャーズエンタテインメントに全員を集めた際には、ハリウッドのスタジオ見学や、ハリウッドのエグゼクティブとのいろいろな対話を通じ、映画事業を理解してもらった。

また、北カルフォルニアのフォスターシティーのゲーム事業の当時の本社に来てもらったり、はたまた鹿児島で半導体の製造事業所を見てもらったり。中国にも行き、市場を見たり、様々なスピーカーに現地市場の話をしてもらったりした。

いろいろと体験して納得してもらう。やはり現場を見ていると、『こういう意見はどうか』、『このように私は思う』と出てくるようになる。要するに、彼・彼女らをエンパワーしないと、なかなかアドバイスはもらえない。これが一つ、大事だと思った。

ほかには、取締役一人か二人と私と吉田氏が定期的に食事をして、議論する機会をもった。『分からないことあったら聞いてください』と。

一番重要だったのが、当時の取締役会議長だった中外製薬の永山治氏とのアライメントだ。私は最低でも月1回は永山氏を訪問し、その時々の問題や、次の取締役会での議論のポイントなどを説明した。質問を受けたり、議論したりすることで永山氏に理解していただき、その上で取締役全員をマネージし、議論を進めてもらうようにする。

取締役は各々の意見を持っている。分裂を回避するには、議論をどの方向に持っていくかを事前に議長に明確に説明しておく必要がある。その辺をうまく永山さんと二人三脚で取り組んだ。

結論から言うと、対価を支払っている分、バリューをいかに引き出すかを考えるべきだ。異なる業界からの見方は結構、勉強になる。時には『それはちょっと違うのでは』ということもあるが、ざっくばらんに議論することで、『なるほど、違うのですね』と納得してもらえるフランクな関係をつくる。これには時間がかかる。

『何とか乗り越えた、ラッキー!』では、バリューが全く引き出せていない。マインドセットを変えて、いかにバリューエクストラクションできるかということを念頭に取締役と関わる。これが一番大事だと思うし、私は時間を割いてやってきた。

Question 4
社長になって初めて相対する取締役会、その中でも特に社外取締役とどのように信頼関係を築いたか
魚谷雅彦
資生堂代表取締役 会長CEO

魚谷氏: 社外取締役を中心に、外部で後継者候補を模索する動きがあり、私が招聘された。最初、何回か食事に誘われたが、その理由が分からなかった。ある時、140年の会社の歴史の中で初めて外部からの招聘を考えている、と聞かされた。『誰ですか』と尋ねたら、『あなたです』と。強い危機感が彼らの背後にあった。

就任を承諾した後、『私はもちろん責任を負い、うまくいかなければ辞任する。ただ、私に決めた取締役の皆さんにも責任はありますよね』と伝えた。『共通目標の実現のために一緒に取り組むことを約束してほしい』と。

以前の会社が、グローバルに展開していたが日本では未上場だったこともあり、コーポレートガバナンスには疎かった。会社法専門家のある社外取締役から『コーポレートガバナンスというのは新幹線のようなもの』と聞かされた。人事権でも何でも与えられるCEOは当然、時速300キロで走りたがるものであり、我々はそれをバックアップすると。

ただし、『新幹線は止めるときは1分で止められる。我々は解任できる』と。それはいい、思いっ切りやらせてもらう。何か間違いそうだったら、その時は取締役会がしっかりと止めてくれるのだと。自分としても、これに大いに納得した。

取締役会とは信任をギブ・アンド・テークする関係だ。彼らの信任に対して、私の方も二つ、心得たことがあった。一つは欧米でのIRロードショーで数十人の投資家と議論をした後、帰国便の中で彼らの質問と自身の回答を7、8ページのレポートにまとめるということ。議論の内容を少しでもよく理解してもらうためだ。

一度書いたら、『これは素晴らしい。投資家や株主がどう見ているかよく分かる』と言われたものだから、その次からもうやめられなくなり、自身の責務として続けた。

もう一つはCEOとしての目標設定だ。社外取締役、および社外からの監査役とCEOレビューコミッティーをつくった。目標を設定し、半期と通年の終了時点で自己評価を書き、レーティングを付けて出す。それに基づいてコミッティーが議論し、私の評価とレーティングが決まる。私のボーナスはこれに基づいて算出される。

その一番の目的は、ガバナンスのプロセスを入れるということもあるのだが、事業の状況や、私がどういうことに腐心しているか、何を心掛けているかについて、社外の方に理解を高めてもらうことだ。これを10年間続けている。